人生は「CARPE DIEM」 with ロレックス

大好きなロレックスと歩む日々を綴ったブログです。

偉大なる佐久間正英氏を偲んで

こんばんは。

きょうは訃報をお届けしなければなりません。

音楽家・プロデューサーである佐久間正英氏が、今月16日に亡くなっていたことがきのう、息子の音哉氏によって公表されました。
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享年61歳の早すぎる死でした。

昨年8月に末期のスキルス胃がんであることを公表し、以後、闘病を続けながら音楽活動に励んでいたようですが、残念ながら永眠されました。


ご存知の方も多いと思いますが、佐久間氏は、「BOOWY」や「GLAY」や「ザ・ブルーハーツ」等々、数多くのバンドやアーティストをプロデュースし、まさしく枚挙に暇が無いほどのヒット曲を世に生み出しました。

したがって、佐久間氏が日本のロック・ポップ界に遺したその功績たるや、まさしく筆舌に尽くし難いものがあると思います。


私自身としても、佐久間氏に対するリスペクトは本当に大きかったですね。

デビュー後、2枚目のアルバム「INSTANT LOVE」までは正直、鳴かず飛ばずだったBOOWYでしたが、3枚目のアルバム「BOOWY」から佐久間氏がプロデュースを担当することとなり、その卓越した音楽センスとテクニックにより、同アルバムは素晴らしい仕上がりとなった結果、以降のBOOWYの快進撃に繋がりました。

オフコース、氷室ックや布袋サンの才能もあったでしょうが、私は正直、この佐久間氏がいなければ、BOOWYも「伝説」とまで呼ばれるバンドには昇華できなかったように思いますし、はたまた、現在のソロシンガーとしての氷室ックも存在していなかったように思います。

それは、GLAYにしても全く同じことが言えるのではないでしょうか?

したがいまして、私がこうして氷室ックを人生の師として比較的ストイックな生活を送っていけるのも、ある意味「佐久間氏のおかげ」とも言える訳です。


いずれにしましても、日本のミュージックシーンの「巨星墜つ」ということで、大変残念ではありますが、佐久間氏のご冥福を謹んでお祈り申し上げます。

佐久間氏も、天国から氷室ックを始めとする「教え子」の活躍を温かく見守ってくれることでしょう。


最後に、BOOWY快進撃への大きなターニングポイントとなった3rdアルバム「BOOWY」について、以前に私の旧楽天ブログ時代に記事にしたことがありまして、参考までに引用します。

なお、これは、「氷室ック自身によるBOOWY作品の解説」を中心に、昨年1月24日にアップしたものです。

あれからちょうど1年ですか…


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おはよん!ございます。

いやいや、ようやく木曜日ですね。

先週が4日しかなかったので今週は長く感じますね。



さて、きょうは氷室ック自身によるBOOWY作品の解説第3弾で、オリジナルの3rdアルバム『BOOWY』です。

『BOOWY』は1985年6月21日に東芝EMIからリリースされました。
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前作が徳間ジャパンからのリリースでしたから、再びレコード会社を移籍したことになります。

また、後述にもありますが、再出発の意味も込めてバンド名の『BOOWY』がそのままアルバムのタイトル名になりました。

そして、彼らにとって非常に大きなターニングポイントとなったのは、プロデューサーに佐久間正英(GLAYのプロデューサーとしてあまりにも有名です)を迎え、ドイツ(当時西ドイツ)のベルリンにあるハンザトン・スタジオでレコーディングを行ったことでした。

佐久間氏は後に、「BOOWYのプロデューサーを依頼されたとき、『海外でのレコーディングを了承するなら引き受ける』と言ったが、本心では、海外レコーディングを持ち出したらBOOWYから断ってもらえると思った(笑)」と述べており、海外レコーディングはオファー断りのエクスキューズで、最初はあまり乗り気ではなかったようです。

アルバムを作るに当たり、エンジニアのマイケル・ツィマリングと佐久間氏の監修の下で、布袋サンは本格的な編曲とプロデュース作業を学ぶ事になりました

さらに、作詞面でもプロの作詞家である松井五郎を迎え、氷室ックもまた本格的な作詞技術を習得することになりました。

このように、「BOOWY」から彼らの作品のクオリティも大幅にブラッシュアップされ、また、メンバーもベルリンレコーディングで大きな自信を得て帰国し、以降の快進撃につながっていくことになります。


ちなみに、私はこのBOOWYは単品アルバムでも持っています。
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それでは、以下は月刊カドカワVOL.9 NO.4からの出典です。

(全て氷室ックによる解説です。)

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3枚目のアルバムはまたレコード会社が変わったその契約の関係でインターバルを置かざるを得なかった。音楽的には流行りの音とか淘汰されて、ある程度バンドとして固まりつつあった。ヴォーカルをメインに置いてギターの存在感を出すみたいな。

このアルバムでは佐久間(正英)さんがプロデューサーとして立った。バンド内に入り込んでこられる人がいて、うまく整理しながら成功した例っていうのもこれが初めてだね。モリオさんも頑張ってくれたけど、ファーストの時はメンバー1人ひとりの許容量が少なかったから。

『INSTANT LOVE』までは、対外的に"気持ちいい疎外感"があった。それがこの頃から受け入れられるようになっちゃってさ、アレッ?ヘンだなって。ほめられると照れちゃうような。素直じゃないんだね。でも本当にわかってるのかな?って不安もこの時期ぐらいから感じるようになった。サード・アルバムから、がぜんいろんな要素が入ってきたからさ、作ってる当人がたとえばこの赤がいいんだと思って絵を描いていても、その隣で使ってる黄色が他人は好きだったりするかもしれないじゃない?まぁ、作品の解釈って最終的には人に委ねるモノだから、頭では理解してるけどね。

メンバー間の、例えばステージに立った時の精神的な交流みたいなこととか、話をしなくてもうまくいく時期だったんじゃないかな。やっぱ、ステージに立って布袋がすげえカッコイイって意識した頃だし。だから、それまでのワケのわからないパワーとかそういうのとは違った、自分たちがやりたいことを伝えていく方法がしっかり見えてきたんだと思う。

エンジニアのマイケル(ツィマリング)の力もけっこうデカイ。オレの意識の中でエンジニアって、ミュージシャンから言われた要求をうまく処理できる人間という意識だったんだけど、このアルバムでマイケルとやったらぜんぜん違った。やっぱりアーティストだっていうさ。いい意味で戦ったよね。

オレの詞に小技みたいなのが出てきたのはベルリンに行ったことがけっこう影響してるんじゃないかな?行ってレコーディングの最中に詞を書いたりとかしてたから。

やっぱり日本と違う状況で魂が開放できるでしょう。レコーディングに専念できて、音作りと作品を作ることに関して楽しい解放ができるというか・・・。

3枚目にはバンドの最後の方までずっとやってた曲がけっこう入ってる。「DREAMIN'」、「HONKY TONKY CRAZY」、あと「CLOUDY HEART」も。確かに1曲1曲がしっかりしたことは言えるね。

たとえばベースやドラムのリズム・セクションにしても2枚目より格段の進歩をしてる。当時の布袋やオレの考えつく音の整理の仕方や加え方より、やっぱり佐久間さんのやる方がもうワン・ランク上だった。コンピューターを入れたりシンセ類で音の穴を埋めていくとか、絶妙だった。

そして、その音の1粒1粒をマイケルが手掛けると、日本で作ったモノとは違う何かが吹き込まれるという印象もすごいあったしね。

このアルバムと時を同じくしてライヴも渋谷公会堂でやったりして、ベーン!といく最初のきっかけになったんじゃないかな?

衣装とかも確かこの頃からけっこう自分たちで作ってやるようになったんだよね。ありものじゃなくて。だから一つのアイデンティティーというか、これがBOOWYなんだってところをちゃんと見せる1枚になったと思う。それでタイトルも『BOOWY』にしたんだし。何か燻ってた火にいきなり点火したような印象があるかもしれない。

あと松井(五郎)さんとの共同作業もこのアルバムで始まるんだよね。この次に出す『JUST A HERO』の歌詞の世界の原型になるアイデアも出てきた。シュールっていうかさ、直線的ではない、何か言葉の中にあるもう1個の言葉みたいなね。それを自分の表現の中でどれだけできるかを考え始めてた。

ともかく上昇気流に乗ってきたことは感じた。渋公やって成功したから次は武道館だって。とんとん拍子に何でもうまくいっちゃう気配があったよね。何が原因なのかよくわからなかったけど。
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  1. 2014/01/21(火) 05:15:26|
  2. HIMROCK
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:10
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コメント

さいもん様

こんばんは!

昭和の灯火がまた一つ消えてしまいましたね。スキルスは進行も早い上に自覚症状が少ないと聞いたことがあります。私達世代の若年期を彩った音楽プロデューサーですから、非常に残念ですね。

あの頃と音楽シーンは変わってしまいました。今の嘆かわしいランキングを見ていると、ただの10秒ですら聴く気が起こりませんからね。

氏のご冥福をお祈りいたします。ではまた。

  1. 2014/01/21(火) |
  2. URL |
  3. えーす #JalddpaA
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さいもん様

おはようございます!

佐久間正英様のご冥福をお祈りします。

アルバム BOOWY また聴きたくなりました!

今日の仕事帰りに借ります!

急逝惜しまれます。

今日も仕事頑張ります!
  1. 2014/01/22(水) |
  2. URL |
  3. 時計が好きなただし #-
  4. [ 編集 ]

えーす様

おはようございます。

ゆうべはコメありがとうございました。

私も、今回の佐久間さんの訃報を聞いたときは、本当に泣きそうになりました。

まさしく「佐久間さんあってのBOOWY」でしたから。

昨年夏にスキルスであることを公表してから半年もしないで逝かれてしまいましたから、やはりスキルスは進行が早いのでしょうか…

えーす様の仰るとおり、佐久間さんの全盛時代は我々の青い時代とまんまリンクしてますから、私も非常に残念としか言いようがありません。

確かに、あの頃と今とでは日本のミュージックシーンは全く様変わりしてしまいましたね。

A〇B48による上位独占等々、私も10秒としてそれらを聴く気さえ起りませんよ。

しかしながら、佐久間さんの遺した偉大な名曲の数々は、それら「ミジンコソング」などOUT OFで末永く愛され続けることでしょう。

佐久間さんのご冥福をお祈りいたしましょう。
  1. 2014/01/22(水) |
  2. URL |
  3. さいもん #-
  4. [ 編集 ]

時計が好きなただし様

おはようございます。

本当にこのたびの佐久間さんの訃報は残念としか言いようがありません。

謹んでご冥福をお祈りするばかりです。

BOOWYというバンドの歴史の中で、佐久間さんが初めて手掛けることとなったアルバム「BOOWY」は大きなターニングポイントとなったんですよね。

それ以前とそれ以降では、バンドの勢いが全く異なってましたから。

なので、私にとっても佐久間さんはかけがえのない存在でした。

私もけさは、「BOOWY」を聞きながら出社しましたよ。

改めて佐久間さんの素晴らしさを実感しましたね。

「BOOWY」も聴いたことですし、きょうも頑張れそうな気がします!
  1. 2014/01/22(水) |
  2. URL |
  3. さいもん #-
  4. [ 編集 ]

さいもん様

おはようございます。

うーん、ショックが大き過ぎて言葉になりませんね。

BOOWYも佐久間さんがいなければ、売れないバンドで終わっていたと思いますね。

うーん、ショックです。

ご冥福をお祈り致します。

  1. 2014/01/22(水) |
  2. URL |
  3. きむー! #-
  4. [ 編集 ]

きむーさん

おはようございます。

私も今回の訃報にはショックを隠し切れませんでしたね。

佐久間さんはもとより、秋本康やつんくのように、売れるバンドやアイドルには必ずや敏腕プロデューサーがついてますからね。

氷室ックも布袋さんも、持って生まれた才能は素晴らしかったのでしょうが、それを存分に引き出せる佐久間さんがいたからこそ、BOOWYはあそこまでいったんだと私も思います。

我々も佐久間さんには大変お世話になりましたよね。

謹んでご冥福をお祈りいたしましょう。
  1. 2014/01/22(水) |
  2. URL |
  3. さいもん #-
  4. [ 編集 ]

さいもん様

おはようございます。

毎日、超絶寒い中の早朝ご出勤、ご苦労様です。

佐久間正英氏の事は、正直、存じ上げませんでしたが、昨日の読売新聞の朝刊の記事で日本音楽界に偉大な痕跡を残された方の訃報を知り、その瞬間にさいもん様の哀しむ姿が脳裏をよぎりました。

私たちの世代のカリスマロックバンドには、無くてはならない方でしたのですね。

さいもん様の昨晩の記事から、どれだけ偉大な方が亡くなられたのを実感しています。

心からご冥福をお祈りいたします。
  1. 2014/01/22(水) |
  2. URL |
  3. まなやん #-
  4. [ 編集 ]

まなやん様

こんばんは。

いえいえ、超絶寒い中の早朝出勤ももう慣れましたよ(笑)

というか、前の晩の酒が残っていて感覚がマヒナスターズなだけかもしれませんが(笑)

そうでしたか。

まなやん様も、佐久間氏のスキルス胃がんについてはご存知ありませんでしたか?

しかしながら、昨日の新聞で、日本のミュージックシーンにとても大きな功績を遺した佐久間氏の訃報を認識されたのですね。

恐らく、その新聞にも書いてあったと思いますが、氏がプロデュースしたバンド・アーティストでヒットを飛ばした方々は数知れずというほど偉大な方でしたからね。

私もショックで仕方なかったですよ。

私と同年輩のえーす様からもコメントいただきましたが、またひとつ、昭和の灯火が消えてしまったようで非常に悲しいです。

ただ、BOOWYサウンドを始めとする氏の遺した名作の数々は、時代を越え、世代を越え、脈々と生き続けて行きますので、私も死ぬ間際まで佐久間さんの魂を感じ続けたいと思います。

今はただただ、佐久間さんのご冥福をお祈りするばかりです。
  1. 2014/01/22(水) |
  2. URL |
  3. さいもん #-
  4. [ 編集 ]

さいもん様

こんばんは!

2投目になります、早速レンタルしました!

今でもかなりいいです!

明日は休みですので、ジックリ聴かせていただきます!

ベストアルバム THIS BOOWYも これは、非常にいいですね!


今朝から聴きたくて、仕事頑張りました。
  1. 2014/01/22(水) |
  2. URL |
  3. 時計が好きなただし #-
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時計が好きなただし様

こんばんは!

2投目ありがとうございます!

いやいや、早速、佐久間さんの遺した「BOOWY」をレンタルされましたか!?

私もけさの出勤時は「BOOWY」をガッツリ聴き込んでテンション上げましたよ!

でもって、ただし様は明日お休みなんですね!?

であればぜひ、佐久間さん追悼祈念でBOOWY聴きながら「オール」お願いいたします!

私はまだまだこれから仕事ですが(笑)
  1. 2014/01/22(水) |
  2. URL |
  3. さいもん #-
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ROLEXと氷室ックが大好きなボンビー三流リーマンです。
とりとめのない日々の雑感ですが、よろしければお付き合いください。

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